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花街の流儀 粋な 遊び方⑥(お座敷遊び編)

花街の流儀 粋な 遊び方⑥(お座敷遊び編)

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とりあえず、これだけ知っておけば大丈夫!お座敷遊びの定番3種。
 各街によってお座敷で使う曲や踊りの演目はいろいろあると思います。今回は、ど、定番中の定番。とりあえずこれだけ知ってたら通っぽく振舞えるってのを選ばせていただきました。次回、次々回は各花街のおなじみみたいなのも紹介していきたいとおみますが、まずは、皆様これを覚えておいていただけると幸いです。

①金毘羅船船(こんぴらふねふね)

お座敷遊びの定番ゲームとして全国的に有名なゲームが金毘羅船々(こんぴらふねふね)です。

対戦者2人が向かい合って座り、2人の間に台を置きます。台の上には手で掴める程度の大きさの茶碗や徳利の袴(徳利を置いておく円筒の器)などを置きます。

香川県の民謡の金毘羅船々の唄に合わせ交互に台の上に手を出します。台の上に器がある時は手のひらを開き、無い時は手を握ります。台の上の器の有無でパーとグーを使い分けるリズムゲームです。



②とらとら

お座敷遊びの1つのゲーム「とらとら」はジャンケンと似たようなルールの遊びです。

登場するのは近松門左衛門の「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」の主人公で虎を退治した勇者の和藤内(わとうない)と和藤内の母、そして虎です。

和藤内は虎には勝ちますが、母には負けます。和藤内の母は息子には勝ちますが、虎には負けます。虎は和藤内の母には勝ちますが、和藤内には負けます。




③野球拳(やきゅうけん)

「♪野球するなら~」と、踊りとジェスチャーを組み合わせたじゃんけんです。「負けたら一枚ずつ服を脱ぐ」というイメージがありますが、これはかつてのテレビ番組が広げたもので、実際はそんなことはしません。服は脱がずに、お酒を1杯飲むことになります。

発祥は、諸説ありましたが、

ある夜、高松市内の旅館で懇親会が開かれた。チームごとに隠し芸が披露され、そこでも芸達者ぞろいの高松勢が優勢となる。落ち込む伊予鉄チームを救ったのが、当時のマネジャーで川柳作家としても活躍した前田五建。前田は即興で歌と振り付けを考え、仲間に教えた。
 これこそが野球拳。「野球するならこういう具合にしやしゃんせ 投げたらこう打って 打ったらこう受けて」。歌と三味線に合わせ、ユニホーム姿の選手全員が踊ったところ、大いに受けた。伊予鉄チームは一気に面目を施したという。当初は手で狐(きつね)、猟師、庄屋の形を示す「狐拳」を取り入れていたが、後にじゃんけんに変わったらしい。

以来、伊予鉄チームは地元の松山や遠征先で野球拳を披露。宴会芸として各地に広まるうち、じゃんけんに負けた場合の罰ゲームとして酒を飲んだり、服を脱いだりするといった例も見られるようになったようだ。

それを無念に感じたのが、前田の伊予鉄の後輩で俳人として知られる富田狸通(りつう)。昭和40年代、本来の野球拳を伝えようと前田を宗家とする家元制度を設け、自ら初代家元となった。富田は前田作の1番の歌詞に加えて、2~4番を書いている。

1~4番とも「へぼのけへぼのけおかわりこい」で終わる。伊予弁で「下手なやつはどけ、代わりが来い」という意味。負けた側は下げた頭に手を置いて「参った」というようなポーズをとる。

富田の友人で伊予鉄など社会人野球の選手を務めた二代目家元・後藤二郎を経て、89年に三代目家元となったのが私の母で歌手の澤田藤静(とうせい)。野球拳の歌い手もしていた母に連れられ、中学生の頃から鉦(かね)たたきをしていた私が、2002年にその跡を継いだ。
引用 https://style.nikkei.com/article/DGXNASFG230DO_V20C14A6BC8000/

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